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ビーズの歴史について  

【ビーズの起源】

ビーズの語源は、アングロサクソン語の”biddan=祈る”
又は、”bede=祈る人”から来ており、古くから神聖な物として崇められていました。
それは紀元前、太陽・月の象徴として崇め奉る球体を作り、ネックレスなど の装身具と
したことが、その起こりと言われています。神々を祀る儀式の道具、
権力・富の象徴と変化し、大航海時代には貨幣として用いられました。

ビーズは今を溯る4万年以上前に誕生して以来世界中いたるところで作られてきました。
その地域の素材で製造されてきたので、各地域独自のデザインや技法が生まれました。
これらの地域独自のデザイン・技術が世界に広まったのはマルコ・ポーロ等の探検家達が
新大陸を発見し、民族移住がなされたローマ帝国の時代でした。
15世紀以降、ヨーロピアンビーズが貿易により世界中に流通したため、
ビーズの動向、技術、 正確な起源、流通ルートなどを明らかにするのは困難となりました。

ビーズをつないで装飾品にする事は長い年月を経ても変わっていないのです。

ビーズブームという言葉を耳にする度に感じます。 魅了される人が後を絶たないのは
流行という短期的な括りでは計りきれない深い歴史が、ビーズと人類文化の間に
存在するからなのだということを。
先祖の時代から何世紀にも渡って愛でられてきたビーズ。魅了される事は
私たちのDNAに染みついたプログラムの一部なのかもしれません。
 


【ビーズの歴史】

ビーズの製造技術は早くから世界を通じて高く評価されていました。
古代エジプトのビーズ製造は使用素材や技術によって専門家組合に細分化され
現代のインドでも同様の制度で製造が行われています。
古代エジプト人やローマ人によって発明されたビーズ製造技術が今日でも使われています。
また、多くの技術は何世紀もの間、秘密のベールに覆われ、厳重に守られていました。
ルネッサンス期イタリアのヴェニスでは技術漏洩者は死罪に問われる程でした。

同時代ムラーノ島は世界のビーズ通商を支配していました。
ムラーノ島は現在もガラス工芸が有名ですが、職人は技術の流出を防ぐ為
この地を一歩たりとも出ることを許されなかったとの事です。
美しいビーズの光と陰の歴史は世界各国で繰り広げられたのでしょう。

ヴェネチアやオランダのとんぼ玉は、江戸時代(1603-1867)
鎖国下でも、
交易があったオランダ・中国を経由して日本に伝わりました。
17-18世紀にオランダ船により長崎に運ばれた説があり。江戸中期の文献には
「舶来玉」「オランダ玉」と記載されています。
「オランダ玉」は大変人気が高く、やがて長崎のガラス職人もガラス玉を作り始め
その技術は、大阪、京都、さらに江戸に伝えられていきました。
和泉国(=泉州)泉北付近(現在の大阪府南部)に、奈良時代以来の玉作り伝統が
あったとされています。 江戸時代に作られた玉は「江戸とんぼ玉」といわれ、
泉州、堺付近の玉は「泉州玉」「さかとんぼ」と呼ばれました。
江戸とんぼ玉は、根付、緒締、風鎮、髪飾り、帯留、器物の紐飾り等の、
様々な装飾に用いられました。


【近代の流れ…スワロフスキークリスタルなど】
ボヘミアとモラヴィア(現在のチェコとスロヴァキア)は有名なガラスビーズ地域です。
元来、ガーネット切削で有名なこの地域は、14世紀にベネチアからの移民が定住した地で
現在はビーズセンター、ヤブロネクに拠点を置く国営組合がクリスタルカットガラスや
ガラス細工製造を専門に行っています。

ドイツのババリア地方・ニューガブロンツはヨーロッパの
ファンションジュエリーの主要地です。
1945年以降ズデーテン地方のドイツ人避難者やユダヤ人のガラスビーズ職人、金属工、
切削工、 研磨工などが、ヤブロネクからやってきてビジネスを始めたのが始まりでした。
代理人が下請け職人からビーズを集め、押し型ビーズなども大きな工場で生産されています。

オーストリア、チロル地方のワッテンは、かの有名なスワロフスキークリスタルビーズの
故郷です。ヴェルサイユ宮殿やオペラ劇場のシャンデリアパーツなども手がけた
世界屈指のクリスタルガラス製造会社であるスワロフスキーの創業者
ダニエル・スワロフスキー(1862年〜1914年)はチェコ生まれのガラス製造業者です。
ハンドカットクリスタル職人の息子として生まれた彼は、電気発明に強い関心を持ち、
自らジュエリーストーンを精巧かつ正確に行える機会を発明し、成功をおさめます。
人里離れたこの地を拠点としたのは、水力発電が必要だった為と
透明度の高いクリスタルの技術を死守するためだったとか…。今も昔も同じですね。


【敗戦後のビーズの運命】

最後に私の大好きな日本物と西ドイツのビンテージビーズの歴史についてです。
日本の物は色合いがなんとも言えず、本当に美しいものが多いです。
なぜが目にとまるビーズは日本と西ドイツのものが多いので興味があって調べてみました。

旧西ドイツのビーズが隆盛を極めたのは第二次世界大戦直後の連合軍占領下時代です。
国の復興のため、輸出用として盛んに生産されました。

時同じくして日本のビンテージビーズも1950年代(第二次大戦直後のアメリカ軍占領時代)
に製造輸出されたものです。1960年代に入りチェコが台頭となり価格面で日本、西ドイツは
淘汰され、優れた技術は埋もれてしまいました。
独自ですばらしい ガラスビーズなどを産出した日本のビンテージは今でも人気が
高く人気を博しています。残念ながら現在は当時の技術を再現出来ないようです。

一方、日本と違い当時の型が残っているドイツでは、旧西ドイツ時代に栄えたビーズの
復刻製品(ビンテージリブロ)が作られるようになりました。
ガラス材料も古いものを使い、当時の製法を忠実に再現して手作りに近い製法で
作られているようです。大変に高価ですが現代の物にない独特の味わいがあります。


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